福岡大学病院の無痛分娩
当院は様々な合併症を持ったハイリスクの妊婦さんと赤ちゃんを受け入れる地域の高度医療機関としての役割を担っていますが、こうした妊婦さんだけでなく、出産に対してリスクが少ない妊婦さんにも、希望に応じて積極的に無痛分娩を提供しています。
アメリカやフランスなど、諸外国ではすでに一般的に提供されている無痛分娩ですが、日本ではまだまだ普及率が低いのが現状です。しかし、最近では日本でも妊婦さんの意識の変化と無痛分娩提供体制の整備により、施行数が急速に伸びており、今後更に普及していくと予想されています。
日本には、麻酔科医が無痛分娩を担当する施設と、産婦人科医が産科診療と無痛分娩を兼任する施設があります。当院では麻酔科医が無痛分娩を担当し、より安全で、より質の高い無痛分娩を提供しています。九州内では、特に基礎疾患のない妊婦さんに対する無痛分娩を取り扱っている大学病院は当院だけです。
当院の無痛分娩に麻酔科が関わる経緯
日本で無痛分娩による分娩数が増えてきた2017年頃、無痛分娩によって母体と胎児に影響が出たと考えられる複数の医療事故が発生しました。こうした医療事故の発生をふまえ、安全な無痛分娩を提供するためには、我々麻酔科医がどう関わっていけば良いのか、当院では麻酔科医と産婦人科医が一緒になって検討しました。
福岡大学病院では、2017年厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)による「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築に関する提言」に基づいた医療体制を構築し、安全・安心な無痛分娩を提供したいと考え、我々麻酔科医が主体となって、産科・麻酔科が協力して無痛分娩の提供を2018年より開始しました。
少子化による分娩数の減少や新型コロナウイルスの影響もあり、当院全体の分娩数は横ばい(約450件)ですが、無痛分娩の件数は年々増加しており、2022年には約100件弱の無痛分娩が行われるようになっています。
無痛分娩の推移グラフ
無痛分娩のメリット
福岡大学病院で無痛分娩を受ける更なるメリット
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無痛分娩を行う医師は、「麻酔科専門医」の資格を持つ経験豊富な麻酔科医です。
麻酔科医は痛みを軽減する高度な技術を持っており、痛みが少ない、より質の高い無痛分娩を提供しています。 - 産婦人科、麻酔科、新生児科、手術部など、多数の部署が協力し、安全な医療を提供する体制が整えられています。
当院で無痛分娩を希望される方へ
計画分娩とは?
無痛分娩には、自然陣痛が来てから無痛分娩を行う方法と、予め日程を決めて子宮収縮薬などを使用し陣痛を誘発し無痛分娩を行う方法があります。当院では後者の計画無痛分娩を行っています。
誘発分娩は、サービカルバルーン(子宮の入り口に水風船を入れて入り口を柔らかくする)や、赤ちゃんの状態を見ながら産科医が子宮収縮薬を少量ずつ投与して行います。誘発した当日に出産を目指しますが、個人差もあり、子宮の入り口がまだ熟化していない場合には数日かかる場合もあります。特に、初産婦の方は経産婦に比べて時間がかかる傾向にあります。
なお、当院では、妊婦の安全を第一として無痛分娩を提供しており、無痛分娩に関わる医師や看護師が十分な日中の分娩を基本としています。このため、十分な体制を提供できない夜間休日には、無痛分娩は行っておらず、自然分娩での出産となります。
無痛分娩の開始時期
妊婦さんが陣痛を感じ、痛みを和らげたいと感じたら無痛分娩を開始します。個人差はありますが、無痛分娩を開始して痛みが取れるまで数十分かかりますので、陣痛の程度や分娩の進行程度などを考え、麻酔科医や助産師が開始時期のタイミングをアドバイスします。
痛み止めのカテーテル(管)を
入れる際の注意点
- 声を掛けながら慎重に処置を行っていきますのでご安心ください。
- 痛み止めのカテーテルはちょうど腰の真ん中(第3、第4腰椎の間)を穿刺して入れていきます。
- カテーテルを入れるときの姿勢が重要です。肩や体がねじれているとカテーテルがまっすぐ入っていかないので、背中はまっすぐ、腰を後ろに突き出すようにします。
- 神経のそばにカテーテルを進めるので、背中や足にビリッとした違和感を感じる場合があります。その際には動かずにビリッとしたと教えてください(急に動くと針が動いて危険です)。
痛みのコントロール
ご自身で薬剤を投与できるボタンをお渡しします。痛みを強く感じたらボタンを押してください。
麻酔科医が定期的に分娩の進行具合と麻酔の効果を確認して薬剤の調節を行います。助産師が常にそばにいますので、不安なことや気になることなどありましたらお声掛けください。
急変時の対応
麻酔科・産科・小児科の各科医師と看護師・助産師合同で、母体急変時の訓練を定期的に行っています。多職種が迅速に連携することで、妊婦さんだけでなく赤ちゃんにも安全で質の高い無痛分娩を提供します。また、定期的に産科麻酔学会や周産期麻酔学会などの学術集会で常に新しい技術や知識を取り入れています。
母体や胎児理由で帝王切開が必要となった場合、無痛分娩からそのまま帝王切開の麻酔に移ることもできるので、全身麻酔を避けることができる可能性もあります。
無痛分娩時の注意点
無痛分娩は医療行為です。すべての医療行為には副作用や合併症の可能性があります。
無痛分娩の効果が十分でなかった場合
理由として以下が考えられます。
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カテーテルの問題
麻酔科医が正しい方法でカテーテルを留置しても、カテーテルの先端は外から観察することができないため、効果が不十分となることがあります。とくにカテーテルの先が片側に寄った場合は片効きになることがあります。その場合カテーテルの位置を調整したり、カテーテルを入れ替えたりすることで鎮痛していきます。
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分娩の進行が急激であった場合
麻酔のお薬が効くには時間が必要ですが、それ以上に分娩の進行が早い場合十分に鎮痛が行えないことがあります。
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会陰部分に効果が弱い
硬膜外鎮痛は子宮収縮の痛みには効果的ですが、赤ちゃんが膣を広げる痛みには不十分になることがあります。薬で調整すると痛みは取れますが、膣の圧迫感を強く感じ、排便するような感覚を感じるかもしれません。この感覚は完全に取ることは難しいかもしれません。
随時、痛みについて麻酔科担当医に伝えてください。薬剤の調整で適宜対応していきます。 -
産科的理由で痛みが強い場合
胎児の回旋異常や常位早期胎盤剥離など産科的な病気の関係で痛みが強くなることがあります。胎児心拍モニターや超音波モニターなどで産科医が診察し、適切な対応を行います。
副作用
- 無痛分娩中
- 足の違和感、かゆみ、発熱、血圧低下
- 無痛分娩後
- 数日間の腰痛
これらは長く続くものではありません。血圧低下に対しては輸液や体位変換、昇圧剤などで対応します。足の筋力が一時的に低下し転倒の可能性があるので、無痛分娩中はベット上で過ごして頂きます。
なお、無痛分娩だけが原因ではなく、妊娠による靭帯の緩みの影響で長期の腰痛が起こる場合もあります。
合併症
症状 | 発生度合い | 説明 |
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ひどい頭痛 | 0.2〜1% | 偶発的に硬膜を穿刺した場合に起こる可能性があります。痛み止めや漢方薬、自己血パッチなどで治療を行います。 |
血腫 | 17万人に1人 | ー |
感染 | 5〜10万人に1人 | 非常にまれですが、血腫により神経が圧排されている場合には緊急手術が必要となる場合があります。 |
重篤な神経障害 | 25万人に1人 | 解決方法の欄は,通常の産後に軽微な神経障害の発生率は0.3〜2%程度です。産後に気になることがありましたら麻酔科医・産科医問わずご相談ください。 |
局所麻酔薬中毒 | 非常にまれ |
使用する薬剤の血中濃度が異常に上昇すると、局所麻酔薬中毒を起こすことがあります。適宜、観察を行いながら、必要以上の薬剤を入れないように注意します。症状としては、唇のしびれや興奮、痙攣、呼吸停止、不整脈などがあります。無痛分娩中にこれらの症状を感じたらすぐにお知らせください。 |
全脊椎麻酔 | 非常にまれ | くも膜下腔に薬剤が投与されると起こる可能性があります。気道確保など適切な処置を行い対応します。 |
無痛分娩のよくある質問
- Q. 痛みはまったくありませんか?
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A.
痛みがまったくないわけではありません。陣痛の程度によって薬剤の調節を行っていきます。
回旋異常が起きた場合や、分娩進行が急速なときには、痛みを強く感じることがありますが、分娩を通してなるべく痛みを抑えることができるように調整します。 - Q. 費用はどれくらいですか?
- A. 無痛分娩料金として10万円かかります。
- Q. 陣痛が始まったらすぐに対応してもらえますか?
- A. 当院では分娩日を決めて行う計画分娩で行っております。夜間休日の対応は原則おこなっておりません。夜間休日に陣痛が起きた場合は、無痛分娩はできません。
- Q. 自分でいきんでお産することはできますか?
- A. いきめます。麻酔の影響で足の感覚が鈍くなったり、動かしにくくなったりすることもありますが、基本的には自分でいきんで出産し、赤ちゃんに会うことができます。
- Q. 副作用はありますか?
- A. 硬膜外鎮痛は医療行為ですので、合併症のリスクはあります。当院では麻酔専門医が無痛分娩を担当し細心の注意を払っておこないます。合併症に関しては無痛分娩クラスで説明しておりますので、そのときにご質問ください。
立ち会い分娩について
以前は行っていましたが、新型コロナウイルスの関係で現在は中止しています。
状況を鑑みて考慮していきます。
無痛分娩に不安なこと、お聞きになりたいことがあれば
無痛分娩教室でお気軽にお尋ねください。
福岡大学病院はJALA公式ホームページに登録されています